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立春を前に

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*能登半島地震の被害者の皆様、ご家族様、そしてご遺族の皆様に、
慎んでお悔やみ、お見舞いを申しあげます。

家族で昼食後の歓談をしておりますと、景色が緩やかに、そして確実に弧線を描いて家屋が揺れ始めました。
とても不気味にゆっくりと揺れるなか、大丈夫だと言い聞かせる思考とは逆に、
脳裏に焼き付いている、あの恐怖が足元から込み上げてきて、
皆が声を押し殺し、「避難」の文字が脳裏を過っていました。

緊急速報が流れる頃には揺れが収まり、震源地が能登地方だと知りました。
避難の文字が頭から消えかかった時に、日本地図の能登半島付近に赤ラインで津波の危険性を知らせる点滅を見たとき、
東日本大震災を経験している私たち家族にとって、
其れは他人事ではなかった。

キャスターが海岸沿いにいる方は「今すぐ逃げてください」と連呼している鬼気迫る声が耳をつんざき、
瞬時にして「あの時に起こった事実」に心も身体も完全に支配されていました。

2011年3月11日に起こった震災から、13年が経とうとしています。

それは、炬燵に寝そべりながらゲームをしている中学一年の孫が2月21日に生まれ、
お嫁さんが実家から戻る予定の日でございました。
額にニキビが増え、私の身長を既に越えてしまった孫の成長は、
常にあの震災と共にあります。

この度被災に遭われた方々にとって、1月1日の元旦は生涯忘れることの出来ない日となり、
「おめでとうさん」と声を掛け合うことの出来ない日となることを思うと、
あの時、津波を恨み天に唾したように、
「何故、元旦でなければならなかったのか…」とただただ切なく、
人間の無力さを痛感するばかりです。

私が孫の成長の中に、決して消えることのない震災の記憶が甦るように、
新年を迎える度に、一瞬にして失った掛け替えのないものを思い、
帰って来ない温もりの愛おしさに、胸が引き裂かれるに違いありません。

崩壊した家屋や街並みを目にしたのは翌日の朝でした。
ライフラインが停止し、悲しみの涙が凍り付くほどに寒く辛いなか、
容赦なく寒波が襲い、まるでおぞましい現実を無かったことにするかのように、
崩壊してしまった集落を真っ白に染めていました。
13年前に見た穏やかな海の如くに…。

ブログの更新が出来ないまま、出来ないことが当たり前になってしまったこの数年間でしたが、
せめて大晦日には、この体たらくを猛省しながら、皆様方のご幸福をお祈りすることで、
一年の区切りにしようと身勝手な選択をしておりました。

然しながら、昨年の10月には虚血性大腸炎を患い、血便に驚き胃カメラと大腸検査をし、
小さなポリープを焼き切って貰い一段落かと思いきや、
翌月初めには群馬と東京の出張鑑定後の六日目に高熱が出てコロナ感染が発覚、
体調不良が随分と続き、ようやく対面鑑定が出来るまでになった月末に、
またもや発熱し、今度はインフルエンザA型感染の事実。
免疫力の低下は否めないものの、短期間にこれだけ続くと辛苦というよりは、
体中の力が抜けて、虚無感が次の倦怠感を生む不毛な状態が続いていました。

師走に入って、クリスマスツリーとお正月飾りが品性の欠片もなく街中を埋め尽くしていたころ、
先の疾病によって、ご迷惑をお掛けしたご依頼者様方にリスケのお願いをしながら、
むしろ励まされ有難く、少しずつモチベーションも回復した年末の29日。
痰の絡むむせ返る様な激しい咳で眠れない夜を過ごし、
殆どの病院が正月休みに入ってしまった中、何とか病院を探して受診したところ、
喘息に限りなく近い気管支炎との診断で薬を処方して貰い、これで何とか救われると思いきや、
一晩中、頭痛と激しい咳で、眠ることの出来ない二日目を迎えました。

大晦日の休日当番医がどんなものなのか想像していたものの、
其処にしか救いの道はなく、状況を知らせた上で(前日にコロナとインフルエンザの検査を終えて、陰性であった旨)、
とにかく状態の改善に繋がる薬を処方して貰いたいと懇願し、
病院駐車場内で朝の9時過ぎから車内で待たされること4時間半、
結果的に電話での問診をして頂き、吸入薬の処方でどうにか大晦日を過ごし、
三日振りに眠ることが出来たのでした。

そして起こった能登半島地震

昨年の10月から起こり始めた身体の不調と、不慮の自然災害を目にして、
思考(頭)ではなく、私自身の心持と行動を変えなければならないのだと、
何かに引き寄せられる感覚の中、「歩く」ことを決めました。

東京出張の際には、とにかく歩かなければならず、優に一万歩を歩くのですが、
自宅に戻ってアプリを確認するまでも無く、二桁の歩数が日常でした。

東京外の出張先でも、出来るだけ歩くことを選択し始め、
一か月近くなりましたが、「歩かなければならない」という縛りを外し、
歩くことを楽しんでみようとすると、思ったほど苦痛ではなく、
往復20分くらいから始まった散歩は、次第に長くなっていき、
今は50分くらい歩けるようになり、習慣は身体を変え、継続は心を変えることを感じています。

心身共に、特に大きく変わったことなど、今のところ感じませんが、
自分の呼吸を意識したり、歩幅のリズムを意識することは、
丁寧な生き方なのではないだろうかと実感する毎日です。

明日2月4日は立春です。
二十四節気の順番のなかでも1番目となる立春は、古代の中国北方で成立した二十四節気にちなんでおり、
「正月節」や「1月節」とも表記される、新しいスタートでもあります。

被災された方々にとりましては、避難所での不便な生活を強いられるばかりではなく、
今後をお考えになられれば、不安と恐怖に苛まれるご心痛を思うと、
励ましの言葉さえ見つかりませんが、
この苦境の中にでも、ささやかな希望を見出せるように祈るばかりです。

立春大吉」という言葉をご存じでしょうか。
立春大吉という文字は左右対称です。
和紙に墨で立春大吉と書いたお札を玄関などに貼っておくと、入ってきた鬼が裏側からお札を見ても、
同じく「立春大吉」と読み、鬼が「まだ家の中に入っていなかった」と勘違いして引き返すという厄除けでした。

基本的には和紙を使用しますが、薄い紙で代用し、避難所の入り口やご自分達のスペースの前に、
のりで外に向けて貼り付け、この災難という鬼を退治されては如何でしょうか。
張り付けた「立春大吉」の文字は、鬼退治だけではなく、皆様方のお心に微かな希望を与えてくれるかも知れません。

また、「立春大吉豆腐」といって、立春や節分に食べる豆腐をそう呼びますが、
「白い豆腐には邪気を払う力が宿る」との考えから、立春に食べる豆腐は幸福を呼び込み、
立春前日の節分に食べる豆腐は罪や穢れを払ってくれるといわれています。
皆様が暖かなお豆腐を召し上がれることを、遠い東北の地からお祈りいたします。

本日2月3日で、昨年が完全に終わり、令和6年が始まります。

一年の抱負がまだの方も、既に断念してしまった方も、
この「立春大吉豆腐」を召し上がって、新しい年の一歩を進めてください。

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akari

ご相談者にとって幸福ファーストの「霊視」を心掛け、お心に添わせて頂く鑑定をさせて頂いています。スピリチャル(魂)とは決して特別なことではなく、私たちが生きていることそのものです。生きているからこその苦悩や不安から、少しでも解放されるためのお手伝いを致します。

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